それは、がピッコロに弟子入りを果たして初めて迎える朝の事。
まだ夜も明けきらぬ内に起き出すと全身で伸びをして、周囲を見渡す。
―――何処へ行ってしまったのだろうか。
首を傾げながら、その場でトントンと軽く跳ねてみる。
気力も回復し、すっかり元通りだ。
満足げに頷くと崖から飛び上がり、どんどん上空へと上がる。
そうして、程良く周辺の状態が把握出来る高さにまで上がると改めて周囲を見渡し
どの方角に何があるかを見ておく。
ここ等一帯は殆ど何もなく、暴れ回っても問題がない広さである。
少し行った所に池のような水場が見え、もしも森や滝を探すならもっと遠くに行かないといけないだろう。
今日は初日という事もあり、あまり遠くへ行ってしまうのも良くないだろうと最寄の水辺に向かって飛ぶ。



「ん〜ッ!冷たくて気ン持ちぃ〜!!」



手で水を掬い上げ顔を洗うと、ひやりとした冷たさが心地よい。
は嬉しそうに水を飲み、道着の上を脱ぎ去ると湖に飛び込む。
全身を包む冷たさに目を閉じるとそのまま仰向けに水面へ浮かび空を眺める。
―――空には鳥が飛んでおり、思い出した様に腹が鳴った。
溜息を吐きながら腹を押え、立ち上がるの目に映ったのは此方を凝視している数人の男達。



「あ、丁度良い所に。ねえ、貴方たち食べ物とか持ってないかな?」

「え?あ、ああ、どうする?兄貴?」

「へへ…そうだな、姉ちゃんが俺達の相手してくれるってんなら分けてやってもいい。」



ざばっと水から立ち上がると目を輝かせる。
”そんな事でいいの?”と笑うと、男達は顔を見合わせて卑下た笑みを浮かべた。



「いいねぇ、姉ちゃん。ヤる気マンマンって感じで。
 もしかして、退屈してたのかい?」

「退屈ってわけじゃないけど…身体を動かすのは好きだよ。」



ヒュウ、と口笛を吹き陸に上がる様声を掛ける男達に素直に陸に上がると
素早く後ろに回った一人がを羽交い絞めにする。
目を丸くさせ、それから楽しげに目を細めて”三人同時に相手してあげる”と言い放つ。



「へへへっ、今日はとんだラッキーな日だぜ…!
 こんな所で女にグフゥッ!!」

「兄貴!?」



に触れようと男が手を伸ばした瞬間、彼女の蹴りが腹に入る。
目を丸くさせ男に駆け寄る小柄な男と、背後で怒った様に声を荒げる男。
しかし、は頭を後方に勢いよく上げて頭突く。



「ってぇえええ!」

「何だよ、弱っちいなー。」

「何しやがんだこのクソアマぁあ!!」



振りかぶられた拳を軽く避けて肩を竦める。



「相手しろっていったのはソッチじゃないか。
 ま、いいや。中途半端に身体動かしても退屈だし、最後までやろうよ。」

「ナメやがって…おい!やるぞ!」



三人で一斉にへ飛びかかる。
―――正面へ小さな気功派を飛ばし、両側が怯んだ所に仕掛ける。
弱い。まるで、武道の心得がない一般人である。
手ごたえの無い相手に溜息を吐きながら伸びてる男を突く。



「ねえ、相手したんだから食べ物ちょーだい!」

「ひっ…!な、なんて女だ…!これじゃあまるで、詐欺じゃないか!」

「ええ!?アタシ、何にもインチキなんかしてないぞ!」

「ひいい!わ、わかった!食べ物なら全部置いていくから!」



言うと急いで起き上がり、車に積んでいた食糧をドサッと地面に放り投げ走り去って行ってしまう。
呆気にとられているへ、頭上から聞き覚えのある声がかけられる。
―――ピッコロだ。
彼を見上げながら”おはよう”と声を掛けるが、返事は返さず。



「ピッコロはご飯食べないの?
 一緒に食べる?」

「ふん……。おい、貴様。オレ様が師事してやるんだ。
 生半可なレベルだと殺すからな。とっとと飯を食って、始めるぞ。」

「はい…!!」



どこかへ飛び立とうとするピッコロの後を、食糧を抱えて大慌てで追い掛ける。







「おい、貴様。」

「もぐっもぐもぐもぐ…ん、むぐ?」

「貴様…女だったのか。」

「ぐッ…げほっ!」

「き、汚ぇな!貴様、殺されたいのか!」

「あ、貴方が変な事いうからでしょ!?
 え、何…もしかして、気が付かなかったの?」



じっと、胸元のさらしを見つめてから彼女の顔へ視線を戻す。
そして、無言で頷くピッコロにバツが悪そうに頬を掻いた。



「えー…女だから弟子にしないなんて今更言わないでね。」

「どうでもいい。貴様が女でも男でもオレ様には関係の無い事だ。」

「なら良かったよ。」



再び勢いよく食べ始める彼女を眺めながら瓢箪の水を飲む。

それから暫くして、漸く全てを平らげたが満足げに腹を擦る。
そして―――ハッと思い出した様にあたりを見回し始め、焦った様に立ちあがった。



「服どっかおいてきちゃったよ!
 ちょっと探してくる!」

「別にどうでもいいだろう、そんなもの。」

「良くないよ!夜寒いんだって!」

「ちっ、騒がしい奴だな…。」

「…!?」



指先を此方へ向け、光線を放つ彼に身構えるが痛みは感じず。
代わりに柔らかな布の感触が肌に触れた。
―――紫の道着。
目を丸くするへ苛立ったようにピッコロが立ちあがる。



「それで良いだろう。次に喚いたら殺すぞ。」

「殺す殺すって物騒な師匠だなあ…。
 でも、有難う!お揃いだと、貴方の弟子って実感が湧いてくるよ!」

「おい、そういえば貴様。何故、オレの弟子に拘るんだ。」



す、と探る様な眼差しで見つめられがたじろぐ。
しかし、すぐに真っ直ぐピッコロを見つめ返し真剣な面持ちで口を開いた。



「絶対に殺しておきたい奴がいるの。
 ……それが、例えアタシじゃ敵わない相手だとしても。」

「成程な。殺したいほど憎いやつがいるのか。
 まあいいだろう。どのみち、オレの修業についてこられなければ死ぬだけだ。」

「死ぬもんか!いーっだ!」



素早く距離を取ると、ピッコロが腕を組んだまま宙に浮く。
―――来い。
静かに言うと構えも取らずに待機し始める。
ただ、立っているだけだというのに隙のないその姿に息を飲む。

舐めて掛かれば、痛い目に遭う。

それは勿論、弟子入りする前から感じていた事なのだが
いざ彼と戦うとなると、緊張するものである。



「どうした、怖気づいたか。」

「怖気づいてなんか……無い!!」



両手を前に掲げ、複数の気弾を放つ。
鼻で笑う彼の背後へ高速で移動し、拳を打ち込む。
しかし、に気づいたピッコロが素早く彼女の背後に移動し逆に拳を打ち込んだ。
吹っ飛ばされる身体を立て直し、もう一度気弾を放つ。



「芸の無い奴め!ハアッ!!」

「かかった!!」

「何ッ!?」



片手で操っていた鋭く練られた気が横からピッコロの掠っていく。
――避けられた。は奥歯を噛み締めるとピッコロ目掛けて直進する。
肉弾戦に持ち込み、彼と打ち合う。
打ち合っては離れ、また打ち合う。



「また気功波か?」

「はあぁぁぁぁあああ…………。」

「何を始める気だ……。」

「はぁぁぁぁああああ………これで…どうだぁああああ!!!!」



薄く広く伸ばされた気に目を見開く。
あれをもろに喰らえば普通の生き物ならば真っ二つに斬られてしまってもおかしくはなさそうだ。



「魔光砲!」

「な…!!」

「っ…!」



まるで自分を包みこもうと上空へ跳ね上がる気の壁に目を丸くさせる。
ピッコロの放った魔光砲により一部が破損しており、彼は素早くそこから脱出してみせる。
すぐさま小さな爆発を起こす彼女の攻撃に黙り込み、攻撃の手を止めた。



「良いだろう。貴様を正式に弟子と認めてやる。」

「はあ…はあ…よか、ったあ!」

「貴様は女にしては攻撃の威力が高いが、所詮は女だ。
 他の所で差をつけなければ、そこまでだな。」

「他の、所…?」

「ああ。貴様の素早さならばもっと伸ばせば武器になる。
 それに、貴様はどうやら繊細な気の練り方が出来るらしい。」



腕を組み、の方へ飛ぶ。



「ただ、無駄な練り方の所為でさっきの技も弱くなってしまったわけだ。
 あの壁を均等にもっと厚く強固なものに出来ればもっと戦いに使えるだろうな。」

「成程……。」

「来い。」

「は、はいっ!」



背を正して、ピッコロの後に続く―――…。