「あれ…？」
そこに落ちていたのはのだと思われる手帳。
恐らく女子生徒にでももらったのだろう”ホットケーキ”のシールが貼ってある。
――間違いなく、のだと確信した。
同時に興味が沸いてくる。
手帳と言えば赤裸々に書きつづられたメモや、日記、そして予定などが
書き込まれているに違いない。
ああ見えて細かいのことだ、日記は兎も角予定くらいは
書いてあるかもしれない。
そう思うと他人の手帳を覗き見るという後ろめたさが頭の片隅に
縮こまるのを感じた。
「教官の手帳…教官の…赤裸々な個人情報…！
アーーッ！モラルよサラバ！」
悩む時間など一分に満たない。
周囲を確認するとパラパラ捲り始める。
○月×日
（曇天）
・3Ａ多数決にて次回調理実習【ホットケーキタワー】に挑戦。
優勝班には”ラーメン奢る”
・帰りに卵を買う
「……普通のメモっていうか、ホットケーキタワーって…」
苦笑しながらページを捲っていく。
ふと、いくつか赤く縁取られたメモを見つけた。
○月☆日 ST
（塔＝不安定）
・湊、アキ、ジュンペと探索。
この日は不安定で死神出現。
影にホットケーキを潰された。
ジュンペ、はぐれる。
湊、転ぶ。アキ、混乱して湊に抱き着く。
瞬間的にこのページを破りたくなった。
STとは恐らく内容を見る限り影時間の事でいいだろう。
塔はタルタロスに違いない。
他の影時間のメモを読む限り、が重点的に書いているのは
タルタロスの状態や死神出現、そして仲間の失敗談だ。
時折褒めているかのようなことも書かれているが、圧倒的に失敗談の方が多い。
「教官…俺たちの失敗を後で笑い話にする気だな」
溜息混じりにページを捲る。
すると今度は、スケジュール表が出てくる。
過去の日付には、その日のタルタロス探索メンバーやよくわからない記号、それに色々な予定が書き込まれていた。
よく見れば知らない間に色々な人物と出かけている。
――急に後悔した。
完全なる嫉妬だ。
毎日自分といられないのは理解している。
それでもこうも色々と出かけていると嫉妬を抱かずにいられない。
「俺の名前…少ないんだなぁ」
個々にみれば圧倒的に多い。
それでもだ。
落胆とも嫌悪ともとれる溜息が零れる。
不意に、背後から鋭い殺気とともに冷たく鋭利なモノを首筋に突きつけられた。
血こそ流れないが切っ先が首の皮を今にも突き破らんとしている。
そしてこの痛み。
「他人の手帳、見て良いと思ってんなら教育のし直しが必要かァ？順平さんよォ…」
「ヒィッ！！きょ、きょきょ教官！？いつの間に居たんスかッ！」
「３数える間に手帳をオレに返さないと死なない程度に痛めつけるぞコラ」
「え、ちょ、それ教育者としてどうな・・」
「３・」
「返します返します！スミマセンでした！」
「許す」
が伊織の手から手帳を受け取ると機嫌の悪そうな目で一睨みし、
尻のポケットにしまいこむ。
苛立ったように舌打ちをしながら踵を返そうとするを慌てた様子で止める。
彼が怒るのも無理はないとわかってはいるが、それでも呼び止めずにはいられなかった。
弁解とまでは言わない。
寧ろ更に状況を悪化させるかもしれない。
だが、鋭い癖に肝心のわかってほしい部分には疎い彼には言わないといけない。
女々しいと言われるのを覚悟で伊織が口を開く。
「…知りたいって思うじゃないですか、やっぱ。
その、ホラ、俺と教官ってアレなわけですし」
「馬鹿、何がアレなんだよ」
「だからッ、恋人の事知りたいって思うのは
健全な男として…！！…当たり前、じゃないんスか？」
「…ジュンペって、彼女の携帯見たくなるタイプだろ」
「え？見せてくれるんですか！？あだっ！！」
瞬間的に叩かれ、頭をおさえる。
は呆れた様子で伊織を見下ろしながら煙草を咥えた。
「誰が見せるか、別に見たところで何もないが…
勝手に見られるのも癪に障る」
「じゃあ…」
「あー…ガキなんだからなァ、ホラ、こっち来いよ」
頭を掻きながら伊織を引き寄せ、煙草を口から離す。
そうして唇を重ねた。
見開いた伊織の目を見ながら眉を寄せる。
彼のこの顔は怒っているに違いない。
そう思った。
やはり、女々しいと呆れられてしまっただろうか。
少しばかり項垂れる伊織の頭をが軽くたたく。
「愛してっから、ちゃんと」
「……またそうやって余裕なんだからなー」
「馬鹿、お前が余裕なさすぎんだよ。
オレはお前だけで満足だから、いいだろそれで」
「…じゃ、じゃあ」
「ん？」
「今度、教官の家に泊まってもいいっスか…！？」
「お前、わかりやすい奴だなァ…だから余裕ないって言われんだよ」
「ダメなんですか…！？」
大袈裟に肩を落とす伊織に笑いながら頭を撫でまわす。
「別に構わねェけど、お前が何も仕掛けてこなかったらオレが喰うからなァ」
心底楽しそうに笑うであった。
Fin...
2011/08/10/01:14